疲れたときにすっと沁みる言葉。心が癒される5つの「禅語」

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疲れたときにすっと沁みる言葉。心が癒される5つの「禅語」

「なんだか疲れちゃった・・・。」

 

人生、生きているといろいろなことがありますよね。

仕事のこと、家庭のこと、恋愛のこと、身体のこと、その他さまざまなプライベートにかかわること。

 

いつも気丈にして頑張っているけど、なんだかもう疲れてしまった。

一生懸命生きていると、そんな風に感じてしまうことがあっても、無理はありません。

 

そんなときは…

お茶でも飲んでホッと一息しながら、「禅語(ぜんご)」を見てみるのはいかがでしょうか?

 

疲れた心がほぐれていくような、そしてふと真理に気づかされるような言葉がたくさん溢れています。

 

禅語は、禅宗のお坊さんが語ったとされる言葉のこと。

昔々から語り継がれてきた言葉ではありますが、現代人がよりよく生きるためのヒントがたくさん隠されています。

 

本日はそんな「疲れてしまったときに癒される禅語」をご紹介したいと思います。

禅語って何?

「禅語(ぜんご)」

 

最近は本屋さんでも禅語をテーマにした本がたくさん販売されているので、みなさんも一度はこの言葉を聞いたことがあるかもしれません。

 

でも、「正直、禅語って一体どんなものなのかわからない!」

という方も多いのでは?

 

禅語って、一体なんなのでしょう。

 

禅語とは、仏教の宗派のうちのひとつである「禅宗」における教えやその言葉のこと。

禅宗は、ダルマの置物のもととなった「達磨大師(だるまたいし)」が成立させた宗派です。

 

日本では鎌倉時代から禅宗が広く普及していたため、人々は禅宗の言葉に良く慣れ親しんでいました。

 

そんな禅語の中には、現代にも通じる、生き方のヒントがたくさん。

 

つい物事を難しく考えてしまいがちな現代人がハッと気づかされるような、シンプルで普遍的な名言で溢れています。

 

今回は、「なんだかいろいろあって疲れちゃった」という心にしみわたるような、癒される禅語をご紹介していきたいと思います。

(1)行雲流水(こううんりゅうすい)

(1)行雲流水(こううんりゅうすい)

これは、わかりやすく書き下すと、「雲は行き、水は流れる」

 

人生生きていると、いろいろなことがあります。

障害にぶつかったり、思い通りに行かなかったり、八方ふさがりになってしまったり。

 

そんなときは、深く物事に固執するのではなく、流れゆく雲や水のように自然のなりゆきに任せましょう、という意味の禅語です。

 

欧米圏で使われる「Que Será, Será(ケセラセラ:なるようになるさ)」というフレーズと通じる部分がありますね。

 

もちろん、自分の力で人生を叶えようと努力することはとても大切なことですが、時には自分の力ではどうにもならないこともあります。

 

そんなときは、運命の導くままに身をまかせてみるのもひとつの選択肢。

 

嵐のあとに晴天が訪れるように、細い川が大海につながっているように、新しい景色が見えてくるかもしれませんよ。

(2)放下箸(ほうげじゃく)

(2)放下箸(ほうげじゃく)

「放下(ほうげ)」とは、放り出す、投げ出す、捨て去ると言った意味。

「箸(じゃく)」は命令系の助辞です。

 

つまり、放下箸(ほうげじゃく)とは、「捨ててしまえ!」という意味。

 

たとえば、ずっと好きだった男性に振られてしまったときや、恋が叶わなかったとき。

いくら彼に固執して想い続けていたとしても、時間が無駄に過ぎてしまうだけだし、自分が疲弊してしまうだけ。

 

そんなときはいっそ、彼に対する執着を捨ててしまうのも大切です。

 

もちろん、大好きだという気持ちを止めるというのは難しいことかもしれません。

理屈ではないし、なかなかコントロールできないから厄介なんですよね。

 

だけど、本当に彼ってそんなに素敵な人だった?そんなに優しい人だった?

もしかしたら、ちょっとかいかぶりすぎてはいませんか?

 

彼に対する執着を捨てれば、もっと素敵な男性と出会うチャンスがあるかもしれません。

今回の恋が叶わなかったのは、ある意味とても良かったのかも。

 

執着を捨てて、新しい恋を探しましょう。

 

もちろん、「放下箸(ほうげじゃく)」は恋愛だけではなくさまざまな場面においても言えることです。

なにかに執着しすぎているときは、いっそその執着を捨てるのも時には大切だという意味をあらわした言葉です。

(3)而今(にこん)

而今(にこん)とは、「今、この瞬間」という意味。

 

私たちは、つい過去を振り返ってしまいがち。

 

「あのとき、こうしておけば・・・。」と後悔してみたり、

「あのときは良かった・・・。」と、過去の栄光に浸ってみたり。

 

いくら後悔してみても過去は変えられないし、違う選択肢を選んでいたとしてもそっちが良かったとは限りません。

 

また、「あのときは良かった…。それに比べて今は…。」と比較してみたとしても、なんの意味もありません。

 

そもそも、記憶というものは美化されるもの。

過去の思い出は美しく感じますが、それもただの幻想かもしれません。

 

大事なのは、過去を忘れて「今、この瞬間」を生きることです。

 

後ろ髪を引っ張られるように過去に執着していたら、あなたのせっかくの魅力も半減。

後ろは振り向かず、前を向いてキラキラと生きたいものですね。

(4)逆風張帆(ぎゃくふうちょうはん)

逆風張帆は、「順風満帆(じゅんぷうまんぱん)」の対になる言葉です。

 

意味は、その文字通り「逆風にも帆を張れ!」ということ。

 

向かい風がやってきたとしても、帆を張って風を掴めば、ちゃんと進んでいけるという意味です。

 

生きていると本当にたくさんのツラいことがやってきますよね。

時には「もう立ち上がれない…。」「もう限界かも…。」と挫折してしまうことも。

 

でも、そんなときこそ逆風を上手に操って、その状況をうまく乗り越えることが大切です。

 

真正面から立ち向かってもダメなときは、どうすればその状況をうまいこと乗りこなすことができるか、新しい視点で考えてみることも必要かもしれません。

(5)知足(ちそく)

(5)知足(ちそく)

知足を書き下すと、「足るを知る」となります。

 

そう聞くと、「今あるもので我慢しろ!」という厳しい意味に捉えてしまう方もいるかもしれませんが、それは少し違います。

 

足るを知るとは、

「今すでにたくさん素晴らしいものを持っていることに気づいて。」ということです。

 

私たち人間は欲の塊ですから、

なにかが手に入ると、「もっと、もっと…」と欲張ってしまいがちです。

 

もっと綺麗になりたい。

もっとお金持ちになりたい。

もっと素敵な男性と結婚したい。

もっと周りから賞賛されたい。etc..

 

もちろん、向上心を持つことはとても大切なことです。

だけど、常に欲張っていると、自分がすでに持っているものを見失ってしまうことがあります。

本当はとても恵まれているのに、そのことを忘れてしまうのです。

 

だから、時には少し立ち止まって素晴らしいものをすでにたくさん持っているということを再認識して、感謝することが重要です。

 

「私って意外といろんなものを持ってたんだ」ということに気が付くだけで、心がほっと優しい気持ちになるかもしれません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は、「疲れたときに癒される禅語」を5つご紹介しました。

 

人生は、楽あれば苦あり。

ツラいこともたくさんありますよね。

 

そんなときはあまり考えこまず、一度シンプルになってみるのも良いのかもしれません…

 

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